心に灯

さっぱり訳の解らない病状の患者さんが、絶望の余り、うちにまで流れてきた。本人が死を覚悟する位、息も絶え絶えの身で、片道１時間以上かけて電車やバスを乗り継いで。その大変さを思うだけで、胸が潰れそう。

入退院を繰り返し、そのレター（報告書）は軽く数センチの厚みになっている。余りにも訳が解らないので、家庭医からは匙を投げられ、いつも入院する病院では、とうとう「自分で病気を作っているでしょ」と精神病扱いされる始末。

作るかよー！！と、ちゃぶ台をひっくり返す元気も、本人にはもうない。

これは普通の病院では埒が明かないわ、と、ちょっと腰を落ち着けて何時間か机に向かい、病歴を整理して書類を作り、大学病院の特別な科に幾つかコンタクトを取ってみた。

難病というのは、余程特化したスペシャルな科に行かないと判明しない事が多いのだけれど、スペシャリストになればなる程知識は深く狭くなっていくので、「お門違い」になってしまうと全く解明されず、「うちの科の範囲ではシロ」で戻って来てしまう。なので本来なら余り特化されていない科で方向を詰めて貰ってから、更にスペシャルな科に回して貰うのが一番なのだけれど、今回の患者さんのようにそれが機能しないケースもあって、患者さんをどこに送るかが非常に難しい問題なのだ。それで、患者さんを送る前にコンタクトを取って、そこで解明できそうかどうか予め話し合って、たらい回しの無駄を防ぐ。

また、緊急度が高い場合、医者が直接コンタクトを取って事情を話してねじ込んで貰うのも、濫用しないモラルを保っているからこその、大切な手段。

一つ目は、電話で親身になって色々アドバイスをくれたけれど、何せ遠いので、「近場なら、ここかここがいいんじゃない？」と教えてくれた。

二つ目は、「何でわざわざうちなのさ」と、けんもほろろ。

そして先日、三つ目の大学病院の先生から電話があった。私が送った書類をきちんと読んで、「これは直接話さなくちゃと思って」と、電話してくれたのだ。

いや、これは確かにおかしいよ。普通じゃない。しかも、どのレターを見ても、誰もきちんと把握できていない（＝たらい回しにされてきた）印象を受ける。この若さで、こんな酷い状態で、どこかで何とかしないといけないのは明らかだよ。ただ、うちの科は多分ちょっと違うと思うんだよね・・・。

検査や治療の提案もしてくれたけれど、それは一介の家庭医には結構難題で、「今度はここに送り込んでみようと思うのだけれど」と相談したら、「あ、それは凄くいいアイデア！是非そうしなさいよ」と即座に賛成してくれた。

かなり長電話になって、しかも晩でとっくに勤務時間外の筈なのに急ぐ様子もなく付き合ってくれて、「あなたは正しい」「わかる、わかる」と何度も何度も言ってくれて、最後には良き前途を祈ってくれた。

患者さんが実際に診療に来ない、こういう書類や電話のやりとりは、ほぼ全て無報酬。それでもこうして、大学病院のスペシャリストと善意のやりとりができる社会である事を、とても幸せに感じた。

そこに送り込めないのは本当に残念だったけれど、凄く勇気を貰えて、心にぽっと灯がともった感じ。

早く「お陰様で・・・」とお礼状を書ける日がきますように！

雪の夕暮れ。明かりがついているのが小学校。