2026/07/22

妹こぐまの靴を買いに


妹こぐまが初めて自分で欲しがった靴は、コンバース。前回の帰国で既に履いていたので、もう1年半以上毎日履いている計算で、穴が開いても「まだ、これでいい」と言っていたのだけれど、パックリ大きく破れてきて、流石に新しい靴が欲しいって。

次はアディダスがいいと言う。クラスの子達が「皆」履いているんだと。
近くの靴屋さんに行ったら、アディダスはサイズ展開がちょっと独特のようで、妹こぐまにぴったりのサイズがなく、デザインによって更にゴソゴソだったりきつかったり。なので、少し離れた街の大きな靴屋さんに行って、実際に沢山試して選ばせた。




えー、こんな通気性の悪そうなのを学校で一日中履くのー?と思ったけれど、履き心地よりもデザイン重視の中1。
予定よりも高くて、「私なんて、セールじゃない靴は殆ど買った事がないんだけどな」と思いつつ、コンバースもちゃんと履き潰したし、妹こぐまは普段全くおねだりしないので、まあいいよ。




妹こぐまの新旧靴。右のサンダルは・・・
私の旅行用。妹こぐまがあれこれ試している間に、何の気なしにふらふら見ていて、見つけた。
ホテルで靴は絶対に脱ぎたいので、いつもスリッパを持って行くのだけれど、スリッパでは部屋の外には出られない。朝ごはんの時などのために、兎に角嵩張らなくて軽いサンダルが欲しいなーと思っていたの。これなら、ぴったり♪




恵みの雨。この後、車で1時間位のところで大きな雹害もあったけれど、うちの辺りはそんなに酷くなかった。




先日のドッカン料理。お肉と野菜と春雨炒め。筋トレにはまっている兄こぐまのためにお豆腐も入れた。
この巨大な中華鍋をいっぱいにして料理する日が来るとは。


過去記事



2026/07/19

再び、ビートルマニアの旅♪


はい、答えはハンブルクでした。ハンブルクと言えば、ビートルズ。

前回は、初めてのレーパーバーンで、おっかなびっくり、二箇所回るので精一杯だったけれど、今回はグループだったので、もっと見るぞー。

まずは昼の部。



Polizeikommissariat 15 - Davidwache 
(Spielbudenpl. 31)

放火未遂容疑でポールとピート(と書かれている事が多いけれど、手記によるとスチュアートも、だったらしい)が一晩留置された警察署。
もしその時私がここで当番医をしていたら、健康上の留置可否を判断するために私が呼ばれたのにー、時代も場所も違って、ちぇっ。わはは。



Beatles-Platz

前回見そびれた、リンゴの名前。ピートの側しか見ていなかった。

* * * * *

そして夜の部。




ライトアップされていなくて、がっかり。
広場を囲む、この細い円状の金属部分には、ビートルズの曲名が書かれている。

4人とスチュアートとの間には、パトカー。そこに停めるか。



Indra (Große Freiheit 64)

1960年8月17日から演奏した、インドラ。入ってみたかったけれど、プライベートの貸し切りだった。



Kaiserkeller (Große Freiheit 36)

1960年10月4日から、カイザーケラーに移って演奏。ここでリンゴは別バンドで演奏していた。
11月30日まで演奏して、ジョージが17歳で未成年なのと、ポールとピートの放火未遂容疑事件で、国外退去。
(入り口前に、記念碑と当時の契約書が飾ってあるというの、知らなくて見そびれた!)



Ex-Bambi-Kino (Paul-Rosson-Str. 33)

バンビが落書きに埋もれているけれど・・・
1960年最初のハンブルク滞在時にビートルズが住まわされた、子ども用映画館の跡地。




撮影しながら満面の笑みなのが、シルエットで判ってしまう。
聖地巡りの私の興奮ぶりが伝わるだろうか。




上階を見るといい雰囲気だけれど、当時のビートルズにあてがわれたのはそこじゃなくて、映画館のスクリーンとトイレの間の、窓のない狭い二部屋。ひどっ。
インドラとカイザーケラーの経営者がここの持ち主で、滞在費を安く済ませるために、ここに住まわせたのだ。明け方まで演奏して、やっと眠れると思ったら、映画上映が始まるという、酷い環境。映画館の男子トイレをバスルーム代わりに使っていたのだって。

そして、彼らがトップテンに移ろうとしていたのでジョージを警察にチクったのだとか、放火未遂事件をでっちあげたのだとか、色々な噂がある。
(でも、たとえでっちあげじゃなかったとしても、そんな劣悪な環境に住まわされたら、腹いせの悪戯くらいしたくもなるわな。とも思ったり。)


一旦国外退去になったビートルズは、1961年にまたハンブルクに戻って来て、トップテンクラブで4月1日から7月1日まで演奏。初めてのレコーディング(「My Bonnie」など)もハンブルクで。ベースのスチュアートはこの時までで脱退。そしてポールがベースに転向。



Star-Club (Große Freiheit 39)

1962年4月13日から7週間、そしてレコードデビュー直後の12月に2週間(リンゴの加入は1962年8月なので、1回目はまだピートで、2回目はリンゴだった訳だな)、スタークラブで演奏。跡地の中庭にこんな記念碑がある。




ビーきち仲間の先生と一緒に来られて、嬉しいー♪


今回行けなかったのは、中庭の戸口で撮ったジョンの写真が有名な、Jäger-Passage (Wohlwillstr. 22)
今はもう入れなくなっていて、離れた外からしか見られないそうだし、もっと遠いと思っていたので、諦めたのだけれど、後で地図で確かめたら、近かったよ!覗きに行ってみればよかった!




まとめ地図♪ 
説明書きもそれぞれ入れてあるので、お仲間さん、聖地巡りに使ってね。
(このマイマップの作り方、行く前に知っていたら、もっと効率的に全部回れたのに・・・遅いよ、私!)

因みに、治安は夜よりも朝の方が更に悪いそうなので、気を付けて。
午後や晩は、観光客もいっぱいで、そんなに危ない感じはしませんでした。





2026/07/16

週末旅行


私は欧州日本人医師会の総会があるので一日休診にしてあって、こぐま達も金曜日が丁度Abi(卒業試験)休みになったので、金曜日の早朝から3人で週末旅行。

今、ドイツ鉄道で「ファミリーチケット」なるものをやっていて、私一人分のチケットより3人で行く方が安く済んで、とってもラッキー♪
(本来なら、兄こぐまの分が、もう大分高くつく。)

前日も朝4時過ぎに起きてお弁当を作って、晩の診療まで働いた後で、夜中迄色々準備もあって、当日も朝4時起きで、かなりヘロヘロ。でも、電車の中で寝ればいいもん!




シュトゥットガルトでの乗り換えの後は6時間位乗りっ放しになるので、パン屋さんで二食分買い込んでおいた。勿論、そこは指定席も取ったのだけれど、既に選択の余地がなかった位の満席。

乗り換えがちょっとギリギリで、指定席を取った長距離電車を逃すのが心配だったので、朝5時過ぎに家を出て、一本早いのに乗っておいて大正解。本来乗る筈だった連絡は、案の定遅延で、間に合わないところだった。
長距離電車に乗り込んでから、アプリで「乗り換え、間に合いませーん。別の連絡を探してね!」と通知が来ているのを見て、胸をなでおろした。




パシャパシャやっていたら、私達の写真も撮ってよ!とせがまれた。




真面目に30分程度の講演もしました。皆さん、こんなに食い入るように見て下さっていたんだ!

私達の会議中、こぐま達は現地の子達に案内して貰って、室内アドベンチャーワールドへ。別行動ができる年齢になったんだなー。




会議が終わったら、外がえらい事になっていた。

ドイツの演歌(Schlager)フェスティバルをやっていて、もの凄い人出で、皆ドイツと思えないカラフルさの70年代ルックで、めっちゃハッピーそう。

余りの人出にもみくちゃにされて、本気でこぐま達とはぐれそうだったし、もう駅まで辿り着けないかと思ったよ。




晩御飯の女子会テーブル。会議と講演が無事に済んで、晴れ晴れ。こぐま達は別テーブルにお任せして、話しに花を咲かせた。

さあ、どこに行ったか判ったかしら?



2026/07/14

余韻を楽しむ


出掛けた週末の、次の週末。

泊まりのお客さんがあった時とか、旅行の後とか、後片付けの山ができる。
昔はそういうのが結構億劫だったのだけれど、誰かが泊めて貰った時の「いいよ、いいよ。それで余韻を楽しむんだから」という叔母の言葉を伝え聞いてから、自分の意識がガラリと変わった。

* * * * *

洗濯機を何度も回す。
旅行鞄の中身を出して片付ける。
医師会のお出掛けだったので、報告書などまとめる。
「余韻を楽しむ」と思えば、凄くポジティブに頑張れる。

一週末留守にしただけで、荒廃している庭や畑の手入れも。
そしていつもの家事も。
そこに「ママ、これ洗って」「ママ、迎えに来て」などが加わる。
我れながら、よくやった!と思う位、くるくると、よく働いた。

でも、晩にはそういうのを全部置いておいて・・・
妹こぐまと、取って置きの日本のスナック菓子をつまみながら、トランプで遊ぶ「パーティー」。
そういう時間は、今だけだもの。




妹こぐまのリクエストで、久しぶりに辰巳芳子さんのボロニェーゼをことこと煮込んだ。作り始めは「あれ?今回、普通?何か間違えた?」と思うのが、きちんと煮込むと、びっくりのおいしさに変身するの。
牛ミンチが震える位高くなっていた(普段は、その3分の1位の値段の豚ミンチばかり使っている)けれど、まあ、たまには。
しんどい時のために、少し冷凍しておこうかな。


↓レシピはこちら
この一冊には、色々な「目から鱗」を体験させられている。




2026/07/11

いつかじゃない、今


木曜日の晩の診療時間終了後、車で1時間近く離れた所に住む、元同級生の誕生日パーティーに。しかも、招待が届いたのが前日の夜中。
普段なら「幾ら何でも急で、ちょっと無理」と断るところだけれど、闘病の合間を縫って「やっぱりパーティーしよう」と思い立った彼女の気持ちを考えると、これは会いに行って元気づけなくては、と。

プレゼントを用意する時間も、シャワーを浴びてお洒落する時間もなかったけれど、そんなのよりも、兎に角行く事が大事だ!と、20時迄の仕事を終えてすぐに飛び出した。帰宅は勿論深夜。




飾り付けは子ども達が頑張ったのだって。そこに皆が持ち寄った花が溢れて、とっても素敵。凄く喜んで貰えて、行ってよかった。

最近、時の流れの速さが、人生の短さに直結して、しみじみと感じさせられるようになった。だから、今を大切にしたい。
「また次に」と延ばす事はよくあると思うけれど、私達は、いつかじゃない、今を生きているのだ。