2026/05/20

Outletシティ


うちから車で1時間位のところに、大きなアウトレットシティがある。ヨーロッパ最大級だとかで、街全体がアウトレットモールになっている感じ。

トルコからの交換留学生、ここに行くために、こちらが引く位お金を持って来ていて、お願いされて友達も一緒に連れて行った。
まあね、家族親戚みんなに頼まれた買い物もあったみたい。でも、おませさんで、毎日鏡の前でしっかり整え、しょっちゅうセルフィー撮っているし、彼女もいると言うし、ついて行けない・・・。
兄こぐまなんて、トルコのパンを山盛り買って来たのがお土産だったので、まだまだ中身が子どもやわー。ファッションに興味は出てきているけれど、他の人の分の買い物なんてまだ絶対お願いできない。)




実は私は、中心モールには初めて行ったのだけれど、
行ってみてびっくり。
紙袋を持っていない人の方が少ない位、皆ふわふわ浮かれて買いまくっている。そしてとっても嬉しそう。皆最初から買う気で行っているから、凄い経済効果だな。

GUCCIの前には入店制限の行列までできていた。ブランド率の低いドイツでは珍しい光景。でも、本当のお金持ちはアウトレットなんて行かない訳で、だからギラギラした小金持ちの外国人が並ぶ、ちょっと独特の雰囲気。

ファッションだけでなく、生活用品などもある。私が覗いたお店では、3割引き位が多かった。
お菓子を見ると、スーパーで定期的にセールされるのより、僅かに高い程度。
つまり、セールを待たずに、同じ位の価格で一年中買えるという訳。あと、品揃えが凄くて、スーパーでは見た事ないフレーバーとか、レアなものもある。
なので、何かイベントがある時とか、よさそう。
キッチン用品も、お鍋なんかはセールに出会う率が高いけれど、小物は定価で買う事が多いので、新生活のスタート時とかにいいかも。
服は私はいつも半額以下のセール品の中から買うので、3割引きではまだ高いなあという印象。

* * * * *

そもそも私は最近のブランド服には全く興味なくて、本を持って行ってカフェで待っているつもりだったのだけれど、リーバイスがあったので、「お!」と入って・・・

約30年ぶりに買っちゃったよ。しかも、初の女物リーバイス!

日本でロッカーやっていた頃は、女物で合うサイズがなくて、男物しか買えなかったの。ストレッチジーンズなんてなかった時代で、きついのを無理してはくのが格好よかった。
でも、ただでさえ男物は腰回りがきついうえ、出産後は体型が下膨れになって、当時のジーンズをはくのは流石にしんどくなってきた。

ドイツに来てからは田舎暮らしで、型とサイズの揃ったジーンズショップというものに出会わず、結局ユニクロジーンズを買って間に合わせたりしていたのだけれど、流行の型は好きじゃないし、何かきまらない。
この歳では、ジーンズはもう卒業なのかな、と思っていた。




私の好きなブーツカットがあった!はいてみて、「これよ、これ!」と思わず顔がほころぶライン。
しかもサイズが揃っていて選び放題。苦しまずにはけるよう、ワンサイズ上のゆったり目にした。
(こちらではズボンは、太さと長さが書いてあって、基本的に裾直しなしで買う。久しぶり過ぎてサイズの見当が全くつかず、試着室で自分のを脱いで確認したという・・・)
ジーンズ2本合わせて定価239.90ユーロのところ、149ユーロ也。「定価」が正しいかどうかは別としても、やったー♪ やっぱり下半身がきまらないと、凄く残念な感じになるのよ。
3本買えば209ユーロだったのだけれど、まあ、そこまではがっつかず。

定番ジーンズって余りセールにならないし、ワゴンセールではサイズがなかったりするので、好きな型のぴったりサイズが安く買えるなんて、アウトレットいいやん!と思った。
こうして私も、ふわふわ・にこにこ組に仲間入り。

皆の熱気につられて上着まで買いそうになってしまったけれど、2着買わないとそんなに安くならないので、こちらは思い留まった。のだけれど、後になって考えてみれば、頑張って働いているんだし、それ位買ってもよかったかも。ま、次の機会があれば。

* * * * *

多分もう何度も書いているけれど、私の中でブランド品というものは、ロゴなしでも選ぶかどうかが基準になっている。

最近のブランド品は、兎に角ロゴを付けまくり、洋服でも見えるところにタグを付けたりする。あれ、私は大嫌い。なので、目立つタグは取ってしまったり、油性マジックで黒く塗りつぶしたり、刺繍されているロゴはリッパーで糸を抜いてしまった事もある。

そもそもロゴが見えなければ勝負できないブランドなんて、ダメダメやん。実力勝負しなよ!




ボーイズとは別行動だったので、コーヒーとラズベリーヨーグルトケーキで休憩、集合時刻まで時間潰し。
ケーキも最近本当に高くなって、4ユーロ前後。怯んだけれど、連日の事でかなり疲れていたし、帰りの運転もあるので、エネルギー補給は大事!と贅沢。

トルコの子達が大金を持って来ているので、それを見せつけられる兄こぐまが可哀想になって、「もし本っ当に欲しい物を見つけたら、買ってあげるから私を呼ぶんだよ(←お金を渡すと、そんなに欲しくなくても買っちゃう事がある)」と言っておいたけれど、何も見つからなかったそうで、ほっとした。



2026/05/17

ストラスブールの街並み


祝日で一日フリーだったので、トルコからの交換留学生をストラスブールに連れて行った。彼は初めての外国なので、折角だから国境を越えてフランスにも、と。

兄こぐまの高所恐怖症がなくなったので、初めて大聖堂の上にものぼる事にした。私達が並び始めた時は行列が全く進まなくて、冷たい雨も降っていて寒くて、もうやめようかと何度も思ったけれど、そのうちにすっと進んだ。窓口が閉まっていたのかな?

大人10ユーロ、小人6ユーロ。結構高いなあと怯んだけれど、階段の擦り減り具合を見たら、「これだけの人が行き来するのかー。うん、お金を取って、しっかり安全管理続けてね」という気持ちになった。

私は体調が悪かった後で、いつものつもりで階段を上ろうとしたら、体が重くてびくともせず、そんな感覚は初めてで、自分で「えっ、何これ?!」と愕然とした。手すりにぶら下がるようにして、ゆっくりゆっくり、何とか上ったよ。
ふうふう言いながら松本城を上っていた祖母の気持ちが、今頃解ったわ。




絶景!
大昔、無料デーに一度上ったきりだったので、すっかり忘れていた。




ストラスブールの街並みって、上から見ると本当に独特。
細長くて歪んだ建物がぎっしり組み合わさっていて、面白い。




歴史とか地理とか余り興味ない年頃だと思うけれど、折角黒い森の険しい峠を越えてアルザスに行ったので、この国境近辺の歴史を少しだけ話したり。




タルトフランベを食べさせようと思ったのに、子ども達は結局全員ハンバーガーにした。
黄色い丸いのは、じゃが芋じゃなくて、アルザスのチーズ。




雨が降ったりやんだり、かなりどしゃ降りの時もあったけれど、殆ど濡れずに済んで、大聖堂の上では日も差して、凄くラッキーでした。



2026/05/15

兄こぐま15歳


兄こぐまが15歳になりました。
今年の誕生日は、トルコからの交換留学生が来ていて、友達も呼んで賑やかにお祝い。



平日だったうえ、子ども達は晩に町に遊びに行く約束をしていて、早く早くと急かされて、色々テキトー。
晩御飯というから18時位のつもりでいたら、16時半に学校から帰って来るなり「18時半のバスに乗って遊びに行きたいから、すぐに食べたい」って・・・。あんた、一般家庭でそんなの無理に決まっとるやろ!ホウレンソウしなよ!

メインは夫のウィーン風カツレツ。子ども達の分で力尽きて、私の分はなかった・・・。いやね、でも、昔は何時間単位で間に合わなくて、私(達)を夜中まで空腹で待たせていたあの夫が、子ども達の分を何とか間に合わせたって、凄いわ。
(夫はソースを作るのももう忘れていたけれど、兄こぐまも気付かなかったし、私はソースなしの方がおいしいと思うので黙っていた。)

付け合わせのシュペッツレとサラダは私が横でささっと用意。
前日の残りのポテトサラダと人参サラダがあったので、レストランみたいな「色々ミックス」ができた。




相変わらずシフォンケーキ。ローソクも欲しいって。

シフォンケーキを初めて食べた男の子達が唸って「今迄の人生で食べた物の中で一番ふわふわ!」と驚き、もう入らない位お腹一杯なのに「・・・やっぱり、もうちょっとだけ、食べてもいい?」とお代わりをねだってくれて、嬉しいなあ。

ゆっくり食べさせたかったので、結局バスは逃す事にして、私が車で送って行った。ま、誕生日だしね。

* * * * *

実は私は体調が悪くて、いつものように前日に焼けず、当日も腸痙攣を起して仕事の後すぐ横になり、ベッドの中で「もう『今日はケーキは無理』って言おうかな」と何度も思った。言いさえすれば、兄こぐまは絶対に許容してくれる。

でもまあ、シフォンケーキはそんなに大変じゃないし、起き上がってちょっと体を丸めながら作り出したら、何とかなった。
子ども達の喜び様を見て、「頑張ってよかったなー」と、改めて。




シフォンケーキを焼き始めた頃。それ迄マフィンとかホットケーキとかしか食べさせておらず、強いケーキはまだ食べさせたくなくて、「そう言えばシフォンケーキというものがあったなあ」と思い出して、初めて焼くようになった。

それからずーっと、兄こぐまはシフォンケーキが一番好き。お祝いの時に焼くから「おめでとうのケーキ」と呼んでいる。

こんなに小さかったのにねえ。最近はちょっと難しい年頃になっているので、よその子達の素直な反応が嬉しかったよ。
成人まで、6分の5が過ぎて、あとたったの6分の1。


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2026/05/11

医者になって20年!


私達の時代のテュービンゲン大学医学部には、卒業式というものがなかった。
最終国家試験は実技・口述なので、試験日もバラバラで、その試験に合格した人から卒業。合格証書や医師免許は代引き(!)で送りつけられる。

しかも医学部の最終学年というのは、大学病院と提携している複数の病院に分かれての実習だったので、はっと気付いたら、皆バラバラになって終わってしまっていた。
当時はまだSNSも一般的ではなかったので、繋がりがないまま。

そんな中、「医者になって20年を祝おうぜ!」と誰かが声を挙げてくれて、結構な人数が集まった。


(私が撮影した、皆の弾ける笑顔。)

豪華なホテルとかではなく、こんなピクニック形式。このゆるさが、如何にもドイツ。地べたに座ってお喋りしている私達が、20年の経験を積んだ医者の集団だとは、誰も思うまい。わはは。

残念ながら私の仲良しグループだった子達は殆どおらず、今回初めてちゃんと喋った人達も。
私達って、同じ学年で顔見知りでも実際の接触が余りなかった位、本当に勉強しかしていなかったたんだなー・・・と、改めて。

風貌が変わっていて、暫くじーっと表情を観察していてようやく「ああ!」と昔の顔を思い出したり。
(明るい巻き毛の王子様みたいな外見だった子の、髪がほぼなくなっていたのは、かなり衝撃だった。)

一番遠方は、メキシコで働いている子。南オーストリアとか、北ドイツとかからも。そして二人めの訃報を聞いた。あんなに死にもの狂いで勉強してやっと卒業したのに、早過ぎるよ。



2026/05/07

友達に会いに


連休には友達に会いに2回出掛けました。一人とは何と20年ぶり位の再会。




朝から汗だくになって草刈りを済ませ、シャワーを浴びて、いざ出発!




私が気付かない間に、12歳の娘さんが描いてくれていて、大感激。めちゃくちゃ気に入った。
ディテールまで凄くない?




ジーンズがいまいちだけれど、上半身はKENZO。サンダルブーツは気に入って履き過ぎて底に穴が開いて、修理して貰いたて。
Tシャツとジーンズで、帽子もかなり色褪せているのに、全く知らない人が二人も、声を掛けて褒めてくれた♪ 

* * * * *


木漏れ日の下のケーキ。




別の日はシリア料理へ。前菜プレート。




ラムの串。




ピザみたいに見えるけれど、薄い生地二枚の間にチーズを挟み、更に上に具とチーズを載せてある。

おいしかった! 楽しかった!