ラベル 動画 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 動画 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025/07/24

楽しい留守番


妹こぐまが学校の野外学習旅行でいないので、留守番の兄こぐまを楽しませるために、平日の午後、テュービンゲンへ。




いい感じの暑さだったので、まずはアイスカフェへ。
家で作れないものにしたら?と言って、初めてのスパゲッティアイス(アイスクリームをプレスで押し出して山盛りにしてある)。
夕方涼しくなってからではアイスの喜び半減になるので、事務仕事など全部置いておいて、診療終了後すぐに出てきたの。




そして足漕ぎボート。これも初めて。




青空になったり、曇ったり。カンカン照りじゃなくて、丁度いい。




浅い川なので、この長い棒で川底を突いて進む舟が、名物。




メイン通りの橋。

ここらで電話が鳴って、ラボだったので出たら、「〇〇さんの血中ナトリウム、128!」・・・一瞬焦ったけれど、いや、それ、うちの患者さんじゃないわ。はー、ヤレヤレ。




市街壁の上に座るの、私達も学生時代によくやった。
柳の陰になっている黄色いのが、ヘルダーリンの塔。建物自体は市街壁の中にあって、塔だけ壁の外側。精神病で市の中には住まわせられず、でも大物だったので保護されて、そういう形になったのだと聞いた事がある。




楽しかったー♪ と、兄こぐまも大満足。次は妹こぐまも一緒に、また行こうね。
帰宅してから、私は事務仕事。でも、連れて行ってやれて、よかった!





2025/03/25

もうすぐ春



鉢植えの桜、はっと気付いたら、もう咲き始めていた。




こちらも、もりもり咲いてきた。セットで買ったのを、色も全部は判らないまま植えたので、咲いてきたら派手派手になってびっくりした。でもまあ、医院の入り口なので、元気が出る色で案外いいかも!と思う事にしよう。




お雛様と交代。
いつもは旧暦のお雛祭りを待ってから替えるのだけれど、今年はちょっと早めに。




隙間時間料理。カレーの残りがあったので、ブロッコリーを蒸している間にお米を研いで、炊飯器へ。

蒸しブロッコリーって、トウモロコシみたいな風味が出て、家族全員大好き。こんな山盛りが、あっと言う間に空っぽになる。




雷と共に雹が降ったよ。





2025/02/12

さあ、めしあがれ



私以外全員、風邪でダウンしています

やっと食べられるようになったので、煮込み。
塩豚にしておいた豚バラ肉を下茹でして使い、野菜も炒めず、味つけは塩と生姜だけの、優しい味にした。
妹こぐまはまだ真っ最中なので、じゃが芋と人参とスープだけ。
私は逆に、じゃが芋なし、その代わりに干し椎茸とお肉をほぼ独り占め。

二人とも最近はジャンク大好きなのだけれど、こういう薄味のも「おいしい」と言ってくれるうちは、まだ大丈夫かな。

久しぶりにまともに食べられて、翌日にはお鍋が空になり、翌々日にお代わりのリクエストが来たので、昼休みに同じのをまた一鍋作りました。




妹こぐまはまだ休ませるので、お弁当は兄こぐまの分だけ。
トマト1個、大きなパプリカ半分、長いソーセージ1本、マッシュルーム3、4個、小さな玉ねぎ1個入っている。
ナポリタンだけれど、ケチャップは使わず、隠し味にお醤油を少々。




料理本の厳しい言葉を読んで、辰巳芳子ってどんなに怖い人だろうと思っていたのだけれど、初めて動画を見て、こんなに優しくてころころ笑う人なんだー、と、心底びっくりした。あれらの苦言にもユーモアが混じっているのかと思ったら、一気に好きになっちゃったよ。「余り好きじゃない」とか言って、ごめんなさい。

こんな丁寧なお料理は普段なかなかできないのだけれど、干し椎茸でお肉の臭みを取るのはいつも真似している。
そして、この方のボロネーゼは本当においしくて、兄こぐまが今でもリクエストしてくる。





 

2025/02/02

梯子とか崖っぷちとか


たまたま見つけて、何か勇気を貰った動画。




一番最初にこれを見始めて、普通の軽装で足元も運動靴だし、ただの危ないチャレンジ系かなと思ったのだけれど、途中から、この子の脚力や身軽さに見入ってしまった。
そして、この梯子を作った人がいるとか、元々の住民は洗濯機とか山羊とか担いでこの梯子を上り下りするとか、凄過ぎる・・・。

(まだここまで整備されていない時代に、村人たちが大きな荷物や子ども達を担いで、片手に荷物とか自撮り棒とか持って歩いている動画も見つけた。)





スタスタ外側を歩いているのは現地の人なのか?

これら以外にも幾つか動画を見たけれど、「足が言う事を聞かなくなったので、ここで引き返す事にします」というようなのが幾つかあって、命をちゃんと大切にしているのがいいなと思った。




そしてこの運河。自動翻訳では作り方の肝腎なところがよく解らなかったのだけれど、これを作ったおじいさんの語りが凄い。自分の手で、ここまで暮らしをよくしたんだなーと。

* * * * *

どれも、こんなところに、こんなものを作って生活する、中国人の底力に感心させられた。

そして、崖っぷちとか梯子で、怖くて足がすくむ感じの箇所。
誰も助けになんて来てくれないから自分で歩いて脱出するしかない現実があり、いっそ落ちてしまえばゲームオーバーにできるという考えも一瞬過る感じで、嗚呼、正に、私の崖っぷちはこんな感じだったなあ・・・(こんな絶景ではなかったけど)と、自分の心の中の情景を可視化して貰ったような気持ちになった。

私も、もう少し頑張ろう。





2025/01/04

2024年のプライベート




夏頃のこと。
実は、もう当てつけに死んでしまってやろうか、と、ふと思う位のところまでいっていた。

いや、それでも逆縁はしたくないし、子どもが未成年のうちも無理だしで、頭の中だけの事だけれどね。
今迄、ちらりと考える事すら絶対にタブーで、自分で自分に固く禁じていた事だったのだけれど、ふと解禁してしまった。

でも、頭の中でもういいやと思ったら、逆に楽になった部分があった。
今迄「あとン十年、ローンを完済するまで、私一人で何とか踏ん張らなくちゃ」という重圧が常にあったのが、もう知らんわ。
私の大事な宝物を手荒く扱われても、どうせ私が死んじゃったらそれまでだしー、と思えば、腹も立たない。
老いや病気が怖かったのも、どうせそこまで到達しないんだしー。
大切な人との別れが怖かったのも、どうせ私もいなくなるんだしー。
そもそも、やりたい事はやって到達したし、我武者羅に頑張って生きてきたし、たとえここで終わっても、我が人生に悔いなし。

それで突然、もの凄く肩の力が抜けたというか、何だか自分で凄くスッキリした。悲壮感など全くなくて、「いち抜けた♪」「お先に~」的な軽さに、自分でびっくりした。

実際にはそれが解決策だとは思わないし、選べない人もいるのにこんな考えは命に対する冒涜・不遜だというのは重々承知なのだけれど、何だろう、背負っているものを一旦下して考える事ができたというか、色々な執着をなくすとこんなに楽なものなんだと気付けたというか。
そして、そういう選択肢もあるけれど自分の意思で生きているという事で、心が収まったというか。
上手く表現できないのだけれど、心の落としどころがついた感じ。

* * * * *

そして、その後。

時々小康状態があったものの、どんどん酷くなり、最後はプチ別居までいった。本当は私が出ていく筋合いでは全くなかったのだけれど、それが一番手っ取り早かったので
それが実は・・・めっちゃよかった(笑)!
こんなに安眠できたのは、一体いつぶりー?という位、朝までぐっすり、起きたら肌つるんつるん。睡眠が細切れなのは、職業柄プラスもう年のせいだと思っていたのに、違ったのか。
好きな本を選んでいそいそと籠り、就寝前にベッドでぬくぬくと本を読むのも最高。

それでもこぐま達がいるから放っておく訳にはいかず、しつこくしつこく喧嘩した。酔っ払いとの喧嘩って、支離滅裂や繰り返しが多くて大嫌いなのだけれど、暴言を浴びせられながらも頑張った。波があって、心から謝ったりもするのだけれど、そんな一時的な謝罪なんかいらないから、約束が欲しい。

当時の記録も、もう見るのも嫌で封印してあったのだけれど、改めてバックアップを取ったり、プリントアウトしてファイルしたり。こぐま達はまだ小さくて訳わからなかったし、トラウマにさせたくなかったので積極的に忘れさせたけれど、二人が大人になったらいつか見せたいと思って。
つらい作業だったけれど、記録する余裕もない日が沢山あった中、これだけでも記録を残したのは、偉いぞ、私!と思いながら。

いよいよ弁護士の予約を取ろうかと考えていたら、遂に初めてもうしないと言った。もう十年位もめていたけれど、絶対にその非を認めず、決して言わなかった言葉で、これが本当に初めて。なので、約束通り別居終了。それがクリスマスも過ぎた暮れのこと。

でも、この機会に、お金の計算もしっかりして、数字を突き付けておいた。たとえ別れても私から財産半分と月々の生活費も貰って悠々自適のつもりでいたので、片腹痛いわと、ガツンと現実を。
うちの不動産はローンを返し始めたばかりの負の状態だし、私の口座もマイナスだから、分けるものもマイナスで、分けたら相手は破産するしかないけれど、私は全額一人で背負えるからここを売って出て行く必要はないもんねー。今迄私が一人で生活費や保険年金も全部払ってきたのだから、たとえ生活費を送金させられる事になっても、相手の保険年金まで払わなくてよくなる分、私にとっては大差ないだろうし。
(そして丁度その頃、全て失ってまた自力で築き直した話しを聞いて、勇気百倍。)
いやー、自分の足で立っているって、最強。「玉の輿」とか、依存する生き方は絶対お薦めしないわ。

* * * * *

今年はしんど過ぎて、心ざわつかずに見られる写真がなかったので、クリスマスカード/年賀状は一回休み。
またも初愚痴になっちゃったけれど、何とか穏やかに新年が迎えられたし、こうして書けるところまできたので、どうかご心配なく。

2025年には、自分へのご褒美の人参も、あれこれ準備中。楽しみー!
今大変な方も、一緒に踏ん張って、よい年にしましょうね。




しんどかった時、何故かふとこの曲を思い出して、「かーまかまかまかま・・・」と歌っていて、何か救われたよ。





2024/11/24

雪の日の仕事


最近ちょっとギチギチです。

金曜日に一人で回すのはいいのだけれど、その分月~木に集中してしまうのが、かなり大変。
更に勉強会やプライベートの用事が、隙間や夜に続いたし、三週末連続で当番医バイトだったし。(隙間時間にした事は、また今度。)
でも、まあ、もう少しでちょっと一息つけるかな。




金曜の始業前。




終業後の往診。雪の量自体は全く大した事なかったのだけれど、地吹雪とか、除雪の追いつかない降り始めの雪とか。

昔は長距離通勤だったので、雪道の運転は鍛えられたわー。
脇道までよく知っている所で、軽自動車+私一人の軽さなら、余程深い雪に埋もれない限り、まず辿り着けるようになった。
「まずい」と思えば、遠回りしてでも勾配のゆるい大きな道を使ったり。特に坂道の途中では止まれない・引き返せない事があるので、大きな坂の前に心を決めるのは大事かな。






2024/11/22

雪の日の診察室から



7:18




7:48




8:17




10:20




11:20


刻一刻と変わる景色が美しくて、疲れが吹っ飛ぶわー。
普段の仕事の日は外なんか全然見ていられないので、久しぶりに窓一杯の雪景色を堪能しました。

因みに今日の、日の出は7時43分、日の入りは16時38分。





2024/11/10

働けど働けど


マイナスからちゃんと抜け出せないまま、ボーナスの時期が来てしまった。
本当はクリスマス食事会までには何とかして、一泊でアルザスのクリスマス市に行く予定だったんだけれど、流石にそこまでの余裕はできず、キャンセルして普通の食事会に。でもボーナスはちゃんと出すぞー(大盤振る舞いはできないが)。
幾ら今苦しくても、だからと言って経費を削り過ぎると税金の後払いが増えるだけだろうし。落ち着くまではその辺の加減の見当がつかず、難しいところ。

この1年間は本当に節約、節約・・・で生活したけれど、なかなか完全には浮き上がらない。やっぱりローンがそれだけ巨額だという事だろうな。
でもね、昨冬に方向転換する前は、月々の収支が少しずつマイナスに動いていったのが、今はほんの少しずつだけれどプラスに動いている。もう少しちゃんとプラスに動いてくれると、息がつけるようになるんだけどな。(「プラス」「マイナス」と言っても、前払いや後払いの分があるので、実際のところはなかなか判断が難しい。)
兎に角、あの崖っぷちを持ち堪えて危機を脱出しただけでも、偉いぞ、私!それに、11月・12月はラストスパートで当番医バイトを入れまくってある。あとひと踏ん張りだ。

「働けど働けど」なんて、あんた、ぢっと手を見るだけで、まともに働いてないやんかー!どの口が言う?!と、ケリを入れたくなるわ。





往診当番の時のドライブレコーダーより。
夜の田舎道とか、家の感じとか、ちょっと珍しいかなと思って、ご紹介。
森の中の心細い感じとか、なかなか抜けないうんざり感とか、体験してみて下さい。(画質の悪い方は、右下の歯車の画質設定でHDを選んでね。)




お疲れ様のウィーン風カツレツ。夫が初めて作ってくれた!





2024/10/24

初めてのラテン語テスト


夏休みに姪が遊びに来た時、妹こぐまが英語をペラペラ喋るのを初めて聞いて、「ええー、5年生でこんなに喋れるの?!」「そんな単語も知ってるの?!」と、びっくりした。

そして6年生になって、第二外国語でラテン語が始まり、少し前に初めてのテストがあった。夫にトレーニングして貰っていたよ。




テストの朝、自分の部屋でランドセルの中身を揃えている妹こぐまに、夫が最終確認をしているところ。答えられないと「ちょっと、まずランドセルを詰めてから!」と逃げる妹こぐま。
でも、スラスラ答えるのに感心。やっぱりこれがあるから、「勉強を手伝ってやれる言語」というのがいいんなんだなー。




初テスト、よく頑張った。わざわざ医院にまで見せにきたので、ご褒美のお菓子。

妹こぐまはギムナジウム進学の推薦を貰えなかったのだけれど、よく勉強する友達に影響されたりしながら楽しく頑張っていて、年度末には何と兄こぐまよりいい成績を持って帰ってきた。

兄こぐまは今はだらだら期。夫に言わせると、男の子はそういうムラがあるのも普通で、早く頑張らせ過ぎると終わり頃の大事な学年で嫌になって頑張れなくなったりするから、今はそこそこのレベルで放っておけと。ふーん、そうなの。
まあ兄こぐまも今は、やっと友達も沢山できて泊まりがけで遊びに行ったり、今年度から村の青少年消防団にも入り(誰かにくっつかず全くの一人で何かに参加するのはこれが初めて!)、夫の実家からお古の自転車を持って来て貰って自由な行動範囲も広がり、ゲームオンリーではなくなったので、よしとしよう。





2024/10/14

ビール祭りの移動遊園地


実は、これを姪の滞在のフィナーレにするつもりだった。
ところが来てみたら、あれ?乗り物が何も動いていない・・・?
私が日付を見間違えていて、まだやっていなくて、一同がっくり。ごめーん!
おさまらないこぐま達に、「今度連れてきてあげるから」と約束したのだった。

ところがその後、家族全員風邪をひいてしまい、私も仕事が詰まっていてヘロヘロで、やっぱり今年はもう無理かなと思っていたのだけれど、兄こぐまが行きたくて行きたくて、やいやいうるさい。
夫が一番長く調子が悪くて「僕はまだ無理」と言ったら、兄こぐまが珍しく「パパのそれ、もう聞き飽きた!」と半ギレして、ああ、やっぱり我慢が溜まっているんだなあ・・・と、夫抜きでも、無理してでも、連れて行く事を決心。




最終日前日に、すべりこみセーフ!

「行かない」と即答していた夫も、上手くのせたら何とか連れ出せた。ティーンエイジャーの頃に来て以来だって。
こぐま達は、今年が初めて。ずっと前に、もっと小さな移動遊園地に連れて行って以来だな。
私は昔、太鼓演奏の仕事の話しがあって、一度来た事がある。その時観覧車に乗ったら、コーヒーカップみたいな観覧車で、結構なスピードで何周もするし、ベルトすらない開放型だしぐるぐる回せるしで、めっちゃ怖かった・・・。




飲みたい人は、こういう大テントへ。
でも、移動遊園地目当ての家族連れもいっぱい。




こういうお祭りには欠かせない、伝統的な空中回転ブランコ。




射的とか、食べ物の屋台もいっぱい。
でも我が家の皆は乗る気満々で、「食べちゃうと気持ち悪くなるから」と、誰も食べたがらなくて、お財布係は、ほっ。




日本の最近の遊園地はどんなのか知らないけれど、私の知っている日本の遊園地とは大分違う。かなりワイルドで自己責任っぽい部分があるかな。
実際、Discoという回転遊具みたいなのでは、ふざけて座席から立ったら戻れなくなって、円の中心部分までズルズルと滑って行って、あっちに滑りこっちに滑り、しがみつくところもなく、立つ事も座る事もできず、フライパンの上のソーセージみたいな状態になって、観客の爆笑をかっている人がいた。
絶叫マシーンはDJみたいなのが「お前ら、声が小さいぞー!」とか、盛り上げてくれるよ。

乗り物は、どれも殆ど待たずに乗れた。お金は恐ろしい勢いで飛んでいくけれど、まあ年に一度の事だしねー。それに、たった2週間強のために、これだけ運んで来て組み立てているのだから、そう安くはできんわな。

妹こぐまは、140cmの身長制限はぎりぎりクリアー♪
でも14歳の年齢制限は、こぐま達二人ともダメで、また先のお楽しみ。
夜の電飾もきれいなので、もう少し大きくなったら、夜にも来てみよう。
私はヘロヘロだったし、帰りの運転もあるし、帰宅後すぐ晩御飯も作らなくちゃいけないし、翌日は24時間当番医だしで、回転系のは遠慮して、コースター系だけ一緒に乗りました。

全員大満足で、先の楽しみも残って、よかったねえ。





2024/09/18

新入り金魚、一か月後の姿


金魚たち、概ね元気です。
ホームセンターでは状態が完璧ではないのを連れ帰る事になるのと、今は季節の変わり目という事もあって、小さな心配事は沢山あるのだけれど、まずまず。




マメ、欲張り過ぎ!

マメの背びれの黒点が突然消えていた。金魚の模様は成長につれて変わるものだけれど、朱文金の黒は増える方だと思っていたよ。





右下の設定アイコンで高画質(HD)にできます。





2024/09/01

アルザス陶器の村、Soufflenheim



まずはツーリストインフォメーションで地図を貰う。赤土の壺の絵が描いてあるのが全部、スフレンハイム焼きの工房。
後になって気付いたのだけれど、大体12-14時くらいが昼休みで閉まってしまうので、要注意!

お店と工房がくっついていて、あちこちで「工房見たい?」と見学させてくれた。陶器祭りの時はバタバタしていてそれどころじゃない感じだったので、却って空いている時期に行くのがいいのかも。




絵付け中。




絵付け済み、釉薬をかける前。




窯。





作っている様子を見ると、一気に親しみを覚えるようになる。
ちょっとした不良品は凄く安く売っているよ。

家の番地のプレートが可愛かったのだけれど、数字が揃っている店がなかったという・・・。




以前買ったのも出してきて、皆の買い物の記念撮影。お店では情報過多&食傷気味になってしまうのだけれど、家で見ると、やっぱり素敵♪
工房によって作風が違うのは勿論だけれど・・・




使っている土や焼く温度まで違うのは知らなかった!
ある店で「うちのは高い温度で焼いているから、使う前の目止めは不要」と言われて、びっくり。較べてみたら、確かに粗さや硬さが違う。本来のスフレンハイム焼きは赤土だって。

暑い日でこぐま達がぐだぐだになったのと、昼休みになってしまったのとで、全部は回れなかったので、もう一度行きたいなー。


スフレンハイム焼きの工程、マップやそれぞれの工房サイトへのリンクなど。英語もあり。これで予習してから行くと、効率的に回れるね。





2024/08/30

Esslingen am Neckar



エスリンゲンにも行きました。これは旧市役所。




城壁の階段を上るのは、十何年ぶり。




大分上った! 階段とさっきの市庁舎を見下ろす。




頂上の城跡とお城の葡萄畑。




素晴らしい展望。




後ろに見えているのが、さっき上ったところ。





後ろの斜面は全部葡萄畑。




立派な木組みの家が沢山あって、ぶらぶらショッピングもできて、好きな街。




 

2024/08/24

Vogtsbauernhof(3)黒い森の林業


黒い森は元々原始林で、昼間でも暗いので「黒い森」と呼ばれていた。今は針葉樹のみの森が多くなっているけれど、それは伐採し過ぎて後から植えたもの(ナポレオンの命令による植林もあり)。元々一番価値があったのはドイツ樫で、これはドイツのシンボルにもなっている。

ヨーロッパが大航海時代で植民地を作りまくっていた頃のドイツは、植民地どころか分国で国内で揉めていたので全く力がなく、木材の売り先は栄華の極みの真っ只中のオランダだった。アムステルダムの港町や船の大部分は黒い森の木材からできていたと言われている位。




19世紀になって鉄道ができる迄、輸送手段は馬車牛車位しかなかったので、売り物の材木で筏を組んで、それに乗ってライン川を下っていったのだ。
もしそこにライン川がなかったら、そして川下に栄華のオランダという買い手がなかったら、黒い森は栄えなかった訳だな。




黒い森のあたりは
まだ急流なので、小さな筏を列車のように繋ぎ、一両ごとに人が立って筏を操る。これは保存会があって、今でもお祭りに実演したりしている。

下流に行って川幅が広がると、筏をどんどん大きく組み直し、最大で長さ600m、幅80mにもなったとか。
黒い森からアムステルダムまでは約700km、東京から青森くらいの距離。命懸けの長旅による一攫千金のような感じだったのだ。




山から伐採した木は、川のある谷底まで滑り台のようにして落とすのだけれど、落ちる木材は最大時速70kmにもなり、木が跳ねたりする事もあり、これまた事故が多かったという。

信州に住んでいた時もつくづく感じたけれど、気候が温暖で野生の果実があり、海で簡単に魚が獲れるような南国とは、性格が全く違うのよね。
それで、黒い森の峠を越えるとアルザスの豊かな農地が広がっていて、気候は温暖でワイン畑があり、「ああ、そりゃ欲しいわ」という感じ。

ライン川左岸もそうだけれど、この辺りはフランスと激しく取り合いを繰り返してきて、夫の祖母の方言にフランス語が混じっていたり、大戦時にはフランスが見せしめのように報復した土地でもあり、色々と複雑です。





2024/08/23

Vogtsbauernhof(2)黒い森の生活



黒い森の昔の農家の様子を保存再現している野外博物館に行きました。




農家と言っても、冬が長く厳しいため、山を越えたアルザスみたいな豊かな農家ではなく、本当に細々とした自給自足。

 


鉄やガラスは買わなくてはならないから貴重品で、できる限り木で手作りしちゃう。
シュヴァーベン地方人の質実剛健さは、こういうところから培われているのじゃないかな。
そんな中で黒い森を支えたのは林業だったのだけれど、それについてはまた改めて。




前回行ったのは、何と2008年だった!
当時は「もう少し説明書きが多ければ」なんて書いているけれど、今回はもう読み切れない位いっぱい説明書きがあった。

建物はかなり隅々まで入れるようになっているし、「こんなに?」という位、色々触ってもいいようになっている。なので、とても全部は回り切れなかった。




長い冬には、大家族も家畜も納屋も全て一つ屋根の下なので、巨大な家。




冬の間には木工などの手仕事をする。
音は悪そうだけれど、バイオリンまで手作りしちゃう!




木製の鍵の仕組み。




これ、木製の水道みたい!




人懐っこい子で、カメラを舐められないか、ひやひやする近さ。
他にもロバ、羊、山羊、馬、ガチョウ、うさぎ・・・と色々いたよ。




入場料がいるし、子どもには退屈かと懸念して今迄来なかったのだけれど、水場のある遊び場が複数あって、撫ぜさせてくれる動物も沢山いて、あれこれ「触っちゃダメ!」と気を遣わなくて済むので、幼児でも楽しそうにしていた。
しかも、「これでもか」という位あちこちの木陰にベンチやテーブルがあって、お弁当を食べたり休憩したりする場所を取り合わずに済むの、凄くいいと思った。ピクニック気分で、丸一日遊べるわ。

建物や敷地の維持手入れは勿論のこと、これだけ体験型にしたら清掃や修理も大変だろうし、これなら入場料は全然高くないと思った。






2024/08/13

納涼 久々の金魚たち


2022年に新入りを2匹迎えたのだけれど、劣悪な環境で売られていて心配していたら、やっぱり病気を繰り返し、まずはアカネが力尽き、そして八雲は最後に大きな腫瘍ができて、何度も回復したもののやっぱり絶命してしまい、再びモモコとキンタロウだけになってしまった。

2匹ではやっぱり淋しいので初夏にお店に行ったのだけれど、病気の金魚ばかりだったので、買わずに帰宅。流石にもう学んだわ。

初夏は皆ガーデニングを再開して、庭の池も手入れするので、金魚シーズン。それで、水槽一杯に入荷されて、週末なんて買い手が順番待ちする位の混雑で次々掬われていくから、金魚にとってもストレスで、病気になってしまう訳ね。動物愛護を叫んでいるけれど、これでは日本の金魚すくいの過酷さと五十歩百歩、という感じ。
それで夏休みになって人が減るのを待ち、平日に行ってみたら、元気な金魚たちが沢山いた。

4匹連れ帰って、薬浴させて、さあ、ご対面~♪




モモコがめっちゃ巨大に見える!
こんな小さな子、不安定かな大丈夫かなと心配しつつ、余りにも可愛かったので。




キンタロウもこんなに大きくなった。ずんぐりしているのは昔からだけれど、尾の色と形が変わったね。




アカツキ(上)。背びれに段があるの。
先住のモモコ(下)と同じ、コメットという種類。




トモエ。この子は「朱文金」と書いてあったけれど、浅葱は殆ど入っていなくて、透明鱗が多いのでピンクっぽい。黒点が三つ並んでいるのが可愛い。
尾がハート型っぽいので、もしかしたらブリストル朱文金が混じっているのかも。




ミツ。「黄朱文金」だって。そんなの、あるの?
何十匹もいる中で、この子だけ三つ尾だった。朱文金はキャリコ出目金とのかけあわせなので、それが出たのかな。この子は、背びれも短くて高く、独特。




同じく黄朱文金のマメ。背びれの黒点とスケルトン具合が何とも可愛くて、一旦閉じた袋を開けて貰って、この子も追加。
本当は数が少ない方が水が汚れなくて楽なのだけれど、ま、頑張ろう。

先住のキンタロウ(奥)は当時「コメット」として売っていたのだけれど、いやー、尾がコメットじゃないよね・・・と、ずっと不思議に思っていたの、実はこの子達の仲間だったのかな。




賑やかになりました。
すぐに糞も正常になったし、餌を食いっぱぐれる子も出ていない。
逆に、ミツ・マメが意外にすばしこく餌をせしめるので、体の小ささの割に食べ過ぎになるやろ!という感じ。