日本で高校を卒業し、大学の教養部に上がった私は、「好きな講義を選んでいい」という事に有頂天になった。受験のためとか、好きでもないものを嫌々とか、与えられた科目を無理強いで勉強しなくていいんだ!
そして選んだものの一つが、図学。
道具にお金がかかるので(確か当時でもセットで2万円位したと思う)、恐る恐る親に訊いたら、あっさり「いいよ」と言ってくれて、大喜びで受講する事にした。工学系の必修講義で文系学部生はまず取らないので、教官にも「えー、本当にやりたいの?大丈夫?」と訊かれた位、前代未聞に近かった。
提出する課題が凄く大変で、毎回何日掛かりかでやった。お手本の通りに製図するだけなんだけれど、まずはお手本を理解して、描いていく順番を解読しないといけない。「一体どっからこの線が出てくるの?!」というのも、しょっちゅう。ロットリングで墨入れ(というんだっけ?)する時は、息を止めて一本ずつ線を入れて行く感じ。
でも、ステッドラーの製図用具が素晴らしくて、びしっと描けるのに酔いしれた。
義務教育の時、コンパスで描く円がずれるのとか、線の太さが変わるのとか、コンパスの針で紙に穴が開くのとか、長さをきちんと測ろうと思っても定規の厚みのせいで上手くいかないのとか、定規で線を引くと擦れるのとか、本当に本当に嫌だったの。
ところがその先生が、講義で黒板に描く製図の美しさと言ったら!
チョークも、木製の大きな定規やコンパスも、あんなに不正確なのに、ぴしーっと決まる。「弘法筆を選ばず」とはこういう事か、と思った。
先生は絵を描かれる方で、私の課題をしみじみと眺めて「くまくん、君のは絵心があるねー」と仰って下さったのが、最高の誉め言葉で、今でも忘れられない。
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物置きを整理していたら、課題が出てきた!
A4より僅かに大きいのか、スキャンするのに縁が少し切れてしまうのだけれど。日付が書いていないので、順番は大体です。
因みに、教壇で待つ先生のところに行列を作り、一人ずつ課題を見せていくのだけれど、先生は一瞥したら判るらしく、理解できなくて適当な線を入れようものなら、即座に指摘される。
そして合格だと「ま」とサインしてくれるのだけれど、工学部の友人はそれを「悪魔のま」と呼んでいた。何とかこれを消して使い回しできないものか・・・と知恵を絞っても、それは絶対に無理なんだな。
私は図学では優等生となり、試験の前は私の下宿いっぱいに、入れ替わり立ち替わりで学生が集まって、勉強会をした。
なのに私自身が一問、初歩的な問題でうっかりミスをして、教官に「あれ?くまくん、間違えたね」と言われてしまった。
(私って、いつもそう。高校の頃から、どれだけ頑張っても満点が取れない、残念な子だったのだー。)
製図用具は結局ドイツまで持って来てある。